終わりで、始まり
本日、無事銀座本店の最後の営業を終えました。
皆様、本当にありがとうございました。
終わりなのですが、始まりなのです。
この出来事をはじめ、大きな変化がおきています。
感謝です。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
本日、無事銀座本店の最後の営業を終えました。
皆様、本当にありがとうございました。
終わりなのですが、始まりなのです。
この出来事をはじめ、大きな変化がおきています。
感謝です。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
銀座本店、31日(月)で最後になりました。
ところが、この日は、特大注文がはいっており、スタッフ総出、私も加わってこなさないといけないのです。最終営業日、本店に顔出せるかな?
銀座本店、最後を飾るのに、全員徹夜明けになりそうです。
| 固定リンク | コメント (1) | トラックバック (0)
先日は、友人の送別会。新潟の事務所へ転勤になってしまいました。食べることが大好きな方なので、銀座十石 店主 東京スペシャル パート1(パート2、パート3以降もあるのです) で、彼と彼の奥さんを御招待いたしました。
銀座で働いていた方のですが、築地で食事をしたことがないというので、まず築地。
食べ歩きが大好きな方なので、「築地=寿司」だと面白くないと思い、寿司もうまいけど他の料理もうまい路地にあるお店で食事。お寿司専門じゃないけど、その辺の寿司屋より断然おいしい。馬の刺身、鰺の刺身、子持ち白魚の天ぷら、アナゴの天ぷら、出汁巻き玉子、寿司、いかの炙り焼き、ワイン、焼酎にビール、カレーうどん、浅漬け・・・。
どれも期待を上回る料理ばかりなのです。浅漬けでも期待を上回るのです。
そしてこの店の雰囲気もいいのです。ただでさえごちゃごちゃしている築地場外市場の、その路地のなかに入っていくお店です。店にたどりつくまでも、すでに「料理」なのです。
そのあとは、銀座にあるBARへ。坂口安吾、太宰治などの文豪がかよったという創業80年にもなる名店 「ルパン」へ。私はここにくるのはほぼ3年ぶりくらいになるでしょうか?でも、ここのスタッフの女性が覚えていてくれました。「あら、久しぶりね」。
こういうのは、やっぱりうれしいですよね。
と、いうわけで、久しぶりに、仕事の話が一秒もでない食事会で、またまた、私は会社にとまってしまうのでした。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
今、集中的に育てているスタッフがいるのですが、しびれるくらいに育ってきました。育てているというとおこがましいのです。もともとセンスがある人物ですので植木鉢の鉢を少し大きくしてあげてやるだけで、どんどん大きくなる感じです。
事業がうまくいくという喜びもあるのですが、こういう人物が育ってくるという喜びもとても大きなものなんですね。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
0時13分。今、三代目 鈴木紀夫さんとの熱い話おわりました。 もう、話がつきなくて、私は家に帰れなくてなってしまいました。
2人で話すのがもったないぐらいでした。
やはり、2人でやれる、そう確信できました。
銀座の男 × 過疎地の男
でやりますよ!
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
今日は、新潟から三代目 鈴木紀夫さんがやってきます。 以前のブログでご紹介したように、「開眼」されたようで、そのお話をお伺いします。
鈴木さんとの出会いは、彼からの一通の手紙でした。
十石あてに「南蛮味噌」の紹介の手紙が届きました。それがきっかけで、今ではとてもなかよくさせていただいております。彼は調理みそ専門店ではなく、コンビニとほとんど同規模の大きさの「個人経営のスーパー」をされております。そのスーパーの手作り総菜として南蛮味噌がありました。まわりはほとんど田圃で、目の前にあった学校は廃校となり、取り壊されてしまったほどの立地です。目の前の道路は、生活道路ではないので、交通量もほとんどありません。そんな立地ですが、南蛮味噌が爆発的にうれたのです。彼の南蛮味噌は、今では、「地域資源」にまで認定されています。前に、新潟市のお役人から聞きましたが、「新潟では南蛮味噌がうれている。新潟市でも南蛮味噌をつくって市の特産物にしようと思う」とマネする方がでるほどです。地元の銀行の方も、いわゆる商店街ではないこのお店が年々売上を伸ばすのに驚いているほどです。
それと、この南蛮味噌がブレークするのに十石も一役買いました。この取り組みは、新聞や書籍でも紹介されているのですが、「売り方」だけでなく「作り方」も重要なのです。その取り組みをまとめて、日本中の「いいものを作っているのですが売れない、売ることができないこだわりの生産者のため」に、やり方を教えていこうと思っています。このような商品が日の目みるようになれば、日本の食はますます豊かになっていくと思うのです。
三代目 鈴木紀夫 × 銀座十石 店主
新潟コンビで日本食を豊かにしていこうと思っています。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
先日、久しぶりに、銀座十石の昔のオーナーにお会いしました。今は、私どもの株主となってもらっています。銀座本店が、もうすぐ立ち退きのため閉店するため、挨拶の連絡をいれたところ、わざわざ銀座のオフィスまで、きてくれたのです。現在の状況をお知らせしたところ、
「よくがんばったなあ。大したもんだ」
と喜んでいただきました。「おむすび屋」の大変さを、身をもって実感している前オーナーさんからのこの一言は、他の方からの励ましの言葉とは、ちょっとちがうのです。御自身が、私にお店を引き継ぐくらいですから、その大変さを身をもって体験されています。だから、私の胸に、染み込むのです。
確かに、がんばったなあ。
風呂屋と豆腐屋は新潟人が多い、といわれます。それは、どちらもきつい仕事で、それに耐えられるのは新潟人の特性なのだそうです。
やはり、私も新潟人。ねばり強いようです。
わずかの時間でしたが、おむすび屋を開くために、都内を駆けずり回っていた当時や、おむすび屋を軌道にのせるため、ひたすらお店にとまり続けていたことを思い出しました。
銀座本店、もう少しです。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
先日、商売の神様である私の師匠からお電話を頂きました。師匠は、お米屋です。師匠は、国の依頼を受け、米を中国へ輸出することになりました。ところが、中国では、「新潟こしひかり」、「魚沼こしひかり」は、売れないのです。
人気がないのでしょうか?
いいえ、大人気です。
それでは、なぜ、売れないのでしょうか?
中国が、「新潟こしひかり」、「魚沼こしひかり」の名称の商標権をとっているからです。日本から、輸出した場合、「新潟こしひかり」を別の名前で売らないといけないのです。
そういう意味で、「売れない」なのです。
お米の国際化にまつわる、一幕でした。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
親孝行してきました。
「うかい鳥山」最高です。じじ、ばば、妻も息子も、みんな喜んでくれました。ホームページで「うかい鳥山」を調べても、良さが伝わないですね。百分は1見にしかず、ぜひ、いってみてください。雰囲気最高です。
さて、それでは、今日は「親孝行」の話。
兄の「ひすいこたろう」から、よく「親孝行せい!」といわれます。親孝行は、「運」を上げるのにとってもいいのだそうです。ユニークな会社では、親孝行を強制的にやらせるところがあるでそうです。
兄から聞いた話です。
とある業界があります。そこは、普通の人だったら、まず、こんなところでは働かないだろうな、といような業界です。そういう業界ですから、店の売り上げがなくなったり、従業員が警察に追われたりすることが日常茶飯事なのだそうです。こういう業界専門のコンサルタントがいるそうですが、スタッフ教育には、本当に大変なのだそうです。さまざまな、マネジメント本を読んで取り入れても、あまり効果がないのだそうです。そんな業界で、とても効果的な方法にであったそうです。もう、わかりましたね、「親孝行」させることなのだそうです。何も、どこかに招待しろ、というのではなく、たまに電話をして、今がんばっているよ、とか、育ててくれてありがとう、といった手紙を出すことなのだそうです。これで、スタッフは変わっていくそうです。
はい、これを読んでいるあなた! へーそうなんだ、いいこと聞いた、でおわるのではなく、今日すぐに、親に電話を入れるべし!そして、「ちゃんとやったよ」とこのブログにコメントにいれてくださいね。何人、このブログを見ているのか、ちゃんと分かっているんですからね。
私の友人の社長たちで、昔、あまり業績が良くなくて、今、復活している方たちに共通していることは、「とにかく、やる」ことなのです。いい話をそれでおわらせない、必ずやってみるのです。
というわけで、親孝行の話でした。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
ついに、私も花粉症になってしまいました。 マスクなしではいられないのです。田舎ものが、東京の空気に8年目にしてやられてしまいました。
今日は、午前中商談をすまして、午後から半休。子供が誕生日なのと、小学校に入学する祝いもかねて、妻の両親と私の両親を招待して、食事会なのです。
場所は、八王子の高尾の「うかい鳥山」。ここはちょっとした山というのでしょうか? そこの斜面に、大小様々な庵があり、山の斜面を小川が流れています。夜に行くと、庵をむすぶ小さな小道が光で照らされて、とても綺麗なのです。八王子の高尾というのが遠すぎて難点ですが、こういうところでないと、こんな贅沢はでできないのでしょうね。
ここは、銀座十石の幹部を、「がんばったね!」と慰労する場所でもあります。こういう世界感に触れるだけでも、勉強になるので、わざわざこういうところでやっています。
そんなところです。親孝行、やっとできるようになりました。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
今朝、鈴木さんに電話をいれたとき、「葉葺さん! 私も見えた! フレームワークがわかった!!今までの、取組が点と点だったのですが、つながった!! いやー 嬉しくて!! これで、バンバンいけますね!!」と、こんな喜びの電話になってしまいました。やはり、あの夜の食事会がすごかった。私の尊敬する社長さんともども、語りつくし、頭がパンパンになるほど、みんなで吸収しましたからね。
たぶん、思考レベルが臨界点を超えたのでしょう。
まだ、詳細に勉強していないのに、やはり恐るべし 鈴木紀夫!! 早く入会してくださいね。そして、「チーム新潟」で一緒にエントリーしましょう。そうすると、もっと知恵のレベルがあがります。もっと仲間が増えます。これは、エントリーしたものだけが感じる特権ですね。
そして、これを書いている際に、鈴木さんからメールが届きました。この一文に、本当にこの人は見えている! といのを実感しました。その一文は・・・
「・・・仕組みができた上での取り組み、もっと行動してもらうための知恵の出し合いなんですね。だから、売れる売れないという次元でなく、こうしたらもっと喜んでくれるという話になるのも納得です。」
そうです。そうなんです。
これを読んでいる、社長さんもきっと喜んでいるいることでしょう。社長さんはブログの中で鈴木さんを「末恐ろしい」と表現していましたが、「すでに恐ろしい」になってしまいました。
また、ひとり、真の仲間が出現したのです。
商売を通して、お客様に悦びを提供していくだけでなく、出逢う仲間(業者さん)をも変えていく、従業員をも変えていく、これが銀座十石のやり方なのです。
こだわった商品を作って、それが売れていく、それだけではつまらないじゃないですか。
我々が進む一歩が、世の中を照らす一歩でありたい。
鈴木さん、おめでとう!!
本当に、世の中違ってみえますよね!!
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
昨年は、本当に、相談ごとが多かったのです。業種を問わず様々な会社から相談ごとが舞い込んできました。「なんで おむすび屋に?」と、思うような業種からもです。相談件数が増えてきたため、本業を圧迫し、そのため一切お受けしないことにしました。しばらくすると、また、相談件数が増えていました。これも、天命かな? と思い、時間の都合がつくかぎり、できるだけ対応しました。
あるとき、「あっ!」と気づくことがありました。
商売の方程式が見えたのです。人から、アイデアマンと呼ばれることが多いのですが、方程式が見えるので、欠けているところを補っていくだけなのです。アイデアが豊富にあるわけではありません。明らかに欠けているところが見えるので、そこを補うだけ。
昨年の1年間で、いろいろな会社で試せたので、今年から、自分の会社で試しています。自分の各事業も、130%~180%近くで伸びているので、間違いではないようです。これを新規事業で試そうと思っています。そして、スタッフにも同じ考えができるように、教えていこうと思っています。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
子供が友達にいっているそうです。「パパは銀座で社長やっているんだ」と。
ついにこの日が来てしまった。おにぎり屋の息子、といわれて馬鹿にされないかな? とちょっと不安に思った時期がありました。
昔、取引先のスーパーの社長さんから聞いた話です。ここは、もともと八百屋さんだったそうです。子供が「八百屋の息子」と言われ、いじめられたそうです。人ごとのように聞いていましたが、それにちかい状況になりつつあります。
私の父は、警察官でした。小さいころ、父が警察官であることは、誇りでした。
でも、小さい頃、友達のお父さんの仕事なんか、ぜんぜん気にもせず、それが原因でいじめをしたこともなく、されていた友達もいなかったなあ。気にすることないかな?それより、パン屋の息子の体育着が、パンのいい香がして、みんなで集まって、体育着の臭いをかいでたなあ。
息子は18日で卒園式でした。いつも「パパなんていらない。ママがいればいい」と言われている私ですが、こんなことを友達にいっているのか、と少しうれしくもありました。子供が誇りに思える親であること、仕事であること、を今度は社員たちの子供たちも、そのように自分の親を思える仕事にしていかないと思うのでした。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
この週末の2日間は、本当に密度が濃かったです!
興奮が冷めないですね!
世界が違ったように見える仲間が集まって話をすると、本当に楽しい。
3人での食事会は4時間近くにわたりましたが、商人が3人集まりながら、「これが売れるんだよね」とか「こうすると儲かるよ」という言葉がでないのです。「こうすると、お客様は喜ぶよ」ですとか「やっぱり伝えていかなくちゃいけないね」とか、傍から見ると、「哲学」かもしれません。
見える世界がちがっているのです。
考えるフレームワークがちがうのです。
だから、楽しい。
まず、我々がつっぱしる。
この2日間お付き合いいただいて、本当にありがとうございます。
興奮が、サ・メ・ナ・イ!!
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
15日(土)、16日(日)と東京から、私が尊敬するお店の社長をお連れし、 銀座十石店主が企画した新潟のスローフード体験ツアー?を行いました。15日(土)の夜は、わが友 三代目 鈴木紀夫 も加わり商売について熱く語りました。普段酒を飲まない私も、この日は本当に気持ち良く飲めました。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
私は、商人(しょうにん)という言葉が好きです。かなり小さいころから、好きでした。たぶん小学生くらいからでしょうか? 商人?て聞くと、もの売りとか、「越後屋、お主も悪よのー」というようなイメージを抱く方が多いと思います。つい最近、「私は商人でありたい」とある方にいったところ、「俺の一番嫌いなタイプだ」といわれました。たぶん、あまり良いイメージはないのでしょう。
何十年か前、商業高校とは非常にレベルの高い高校でした。入学するのが難しかったと言います。家が商売をやっている子供たちが多く入学してたそうです。商業高校を卒業するとき、どこに就職するか、と仲間うちで話すとき、
「銀行に行く」、というと、「お前、高利貸しになるのか?!」と言われたそうです。 「役所に行く」、というと、「この、石(ごく)潰しめ!」と言われたのだそうです。
何十年か前は、商人は気高かった。
そして、時代を経て、今、商人の役割は少しづつ変わり始めていると思います。
私のいう商人とは、売り方がうまいひとたちではありません。
「伝えていくものたち」の総称です。
そして、この商人のこの行為が世の中を変えていく一翼を担っていくと思います。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
今日から、新潟。銀座十石 店主 おむすび以外のお店を新潟でだすため、今日物件とその周辺の商店街をみてきました。人通りがないです。しかし、そんなの関係ありません。補助金で、江戸っぽいアーケードを作るらしいです。つくらないよりはいいかもしれませんが、それも関係ありません。
共に学ぶ仲間たちなら、すでにわかりますよね!
それを、実証してみせましょう。というわけで、あえて銀座から、寂れた商店街へ出店するのです。すでにビジネスモデルはデザインできています。これが成功したら、ちがうお店もここに作ります。それが成功したら、やり方を若い方に教えます。そして、この商店街は活性化されていくのです。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
銀座十石新たな展開に進もうとしています。一歩踏み出したら、人が集まってきてくれました。ひとりは経営のプロフェッショナル。銀行をスタートして、MBAを取得、大手通販会社に勤務後、ITベンチャーの上場スタッフとして活躍した人物。もう一人は、飲食業のプロフェッショナル、私からすると食の生き字引のようなかた。二人とも、私の能力を優に超えています。一度に、師が2人も現れた感じです。人格も申し分なし。こんな小さなおむすび屋にです。彼らの加入は、剣と楯を身につけたような感覚です。風にのるための準備が整いました。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
大学時代は、アルバイトで飲食店などは経験したことはありませんでした。父が警察官で、なぜか「飲食店では、絶対にアルバイトをするな」と言われてたので、まったく興味がわかない業種のひとつでした。就職は地元の新潟にもどり、自宅からの通勤でした。お酒を飲まない私は、ほとんどお金を使うことはありませんでした。当時の私の贅沢と言えば、ドトールコーヒーで珈琲を飲みながら読書をすることでした。
こんな私です。おむすび屋といわれても、ピンときません。
店の運営に関しては、まったく素人でした。おむすびを美味しくつくる、ということもわかりません。当時は、おむすび屋というものが少なく、地方にいる私にはなおさら、「おむすび屋なんて商売になるわけない」と思っていました。新潟の上司や先輩たちも、同情の目で私をみていました。新潟では絶対商売にならないと思い、東京にでてきました。
しかし、飲食業、調理に関して素人の私が、1から10まですべて全部やらなくてはなりません。人もお金もありません。机上の空論の事業計画は作れても、現場をしらない私は一歩を踏み出すことができず、時間ばかりが過ぎて、半分ノイローゼ気味になりました。
企画の進捗状況を報告しに、池田さんのところにいくと、稚拙な企画の内容と腹のすわらない私の態度に、「こんなもの、もってくるんじゃない!」報告書を投げつけられるようなこともありました。池田さんからは「失敗してもいいから、やってみろ!」と退路を塞がれてしまいました。あとは、逃げるしかありません。でも、人間として逃げるわけにいかない。にかくやらなくてならない。
このままではいけないと思い、おむすび屋の経営者に直接お会いすることにしました。おむすび屋を回って、単刀直入に経営状況を聞いて、本当におむすび屋で経営が成り立つのか、聞いてみました。また、現場を見させてもらうと交渉しにいきました。
そんな不躾な質問をするものですから、その場で名刺を切られたり、おむすびを作る塩で、塩をまかれたしたこともありました。なかには、ひとつひとつ丁寧に教えてくれるところもありました。あるときは、おむすび屋が捨てたゴミを拾って、米の納入業者などを調べあげ、電話をして聞いたりしてみました。
そうこうするうちに、おむすび屋の売り上げがだいたいわかるようになってきました。「このくらいの投資なら、失敗しないだろう」というラインが見えてきました。
当時、東京都内のおむすび屋を回って、一番おいしいとおもったのが、銀座十石でした。このお店は、銀座3丁目に1店舗だけありました。このお店にもいきました。店長がでてきてくれたのですが、店の情報を会社の上司の判断なしには教えられない、といわれ、私は名刺だけを渡して帰ってきました。
しばらくすると、新潟の事務所へ、先方の会社から電話がはいってきました。その伝言の内容が私に伝わり、驚きました。
「葉葺、おまえ店を買いたいっていったの?相手先から電話がかかってきたよ」
と間違って伝わっているようでした。大変失礼なことになってしまったと、慌てました。とにかく、先方の指定する日時に恐る恐る出向いたのです。
おむすび屋をやらなければならず、マーケット調査をしていたことを告げました。
いろいろ見ているうちに、おむすび屋の売り上げが見えるようになっていて
銀座十石の売り上げも当てることができました。
「お前よく調査しているな、でも、素人だろ。これから一から作り上げていくのは大変だぞ。良かったら、この店を買わないか? おむすびの作り方や店の運営など覚えたら、お前のやりたいように店を潰すなり、変えるなりすればいい。」
となったのです。当時の銀座十石は、営業が芳しくなく店終いする予定だったのです。店終いの日は、ちょうど1か月後だったのです。しかし、思い入れのあるお店のため、ただ閉めるのは忍びなく、売却先を探していたようだったのです。一度、売却先が決まったようだったのですが、家主との家賃交渉がうまくいかず、ご破算になってしまったのです。
彼らは完全にあきらめていました。
お互いの状況がこんな感じでしたので、わたしは飛び上がるくらいうれしく、先方も「神様が現れたと思った」というくらい、うれしかったのだそうです。劇的なことがおこったのでした。
私は店を引き継ぎ、店に泊まり込む日が何日も続きました。素材の見直しなどをすすめ、経営状態も良くなっていきました。これが、創業当時の出来事でした。
銀座で商売をすることになったことも、また立ち退きになる際にも、なぜか、私の能力を超えたところで助けられるのです。おむすび屋の社長をやってみろ、と言われた時、この流れに大きな意味があるだろう、と直感し引き受けました。これからも、流れに身を任せていこうと思います。
世界一高い山、エベレストを超えていく鳥がいるそうです。これは生物学的に不可能なのだそうです。羽ばたいて飛んで行くことはできない。しかし、すいすいと超えていく。それは、「風に身を任せる」のだそうです。
風に身を任せると不可能なことでもできてしまう。
わたしも風に身を任せていこうと思います。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (1)
おむすび屋をやろう、と思ったもう一つの考え。それは、「良い職場」を作りたい、と思ったこと。私が小さい頃、母はパート先でいじめをうけていたようでした。毎朝、行きたくない、行きたくない、といいながら会社に出かけていました。帰ってくれば、仕事の疲れと精神的な疲れで、イライラしていました。数年我慢したようですが、結局やめてしまいました。その後田舎の食品メーカーで働き出しました。田舎の人が多く、良い人間関係に恵まれたようで、ここでは毎日が本当に楽しいでそうでした。決して仕事が楽だったというわけではありません。何千人もいる食品工場の一パートでありながら、会社のために、と父があきれるほど、頑張って働いていました。あるとき、会社が損失を出したとき、「会社が大変だから、私が頑張らなくてはならない」といって仕事に出かけるのです。何千人もいる一パートがです。職場環境が変わると、ここまで変わるのです。当然、家庭でも、ギスギスした感じはなくなりました。
「職場環境が家庭に、社会に与える影響は大きい」
母を見て、そう感じました。
このような記憶が鮮明にあったので、小さくてもおむすび屋を開けば、少なくとも2~3人は雇える。彼ら、彼女らにとって、一日の中でもっとも長い時間を過ごす職場環境を良いものにしてやれる、そう思っておむすび屋をやることに決めました。これが、もうひとつの理由なのです。正直、おむすびなんて商売になるとは思っていませんでした。
そして、これは次につながっていきます。
銀座十石は、縁あって、私が買い取る形でスタートしました。以前の経営者からパートさんらも含めてそっくりそのまま引継ぎました。お店を引き継ぎ、素材を1個づつみなをしていくなど改善していくことで店の売上も伸びてきました。あるとき、パートさんが私のところにきて、こういいました。「今までは、朝起きたとき苦痛でしかたありませんでした。職場では嫌味を言われて、私たちの意見は取り上げてもらえない。やりがいがありませんでした。けれど社長が変わってから、毎日が楽しいのです。朝、目が覚めたとき、今日も十石で働ける、そう思えるのです」といってくれたのです。
「朝、目が覚めたとき、今日も十石で働ける」
これが今では、十石番頭たちの共通認識となりました。番頭たちは、パート、アルバイトさんが働きやすい環境を作るのが仕事。自分の父や母、兄弟、姉妹が、職場でされていたら嫌だな、ということは自分もしない、などが、小僧読本に刻まれていくのです。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
店主多忙につき、代筆いたします。三月、春の訪れを早う早うと待ちわびつつも、気がつくとあっという間に十日が過ぎていました。おかげさまで築地厨房は深夜から大忙しです。ちょうど十日前、お弁当に使ったあさつきの根の切り残しを水に浸し、窓辺において、毎日その成長を皆で見守っています。たくましくもこの十日間で、あさつきというよりは葱に近いほど太く高く大きくなっています。きっと植物にも心があるのでしょうね、がんばれがんばれとの声に応えてくれている気がします。近々まかないのお味噌汁で食べられるのが、とってもとっても楽しみです。
築地場外市場「仕込み場」・小僧
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
私は、おむすび屋を始める少し前、当時の営業姿勢が評価され、数社からヘッドハンティングを受けていました。その当時、勤めていた会社より、ずっと給料はいい。しかも有名な会社。私はその会社に移ろうと思っていました。 同じタイミングで、ある方から「おむすび屋の社長をやらないか?」と言われたのです。すでにある会社を引き継ぐわけではありません。一からつくらなくてはならないのです。ですから、給料は安い。当時は、おむすびなんかで商売がなりたつわけない、と思われていました。特に新潟のような地方都市はそうです。私もそう思っていました。そして20代の私には、おむすびなんて格好悪いとも思いました。 しかし、私はおむすび屋の社長を引き受ける事にしました。そのとき、瞬間に頭をよぎったことが2つあります。 ひとつは、給料の高いサラリーマンをやっているよりも、小さい会社といえども社長をさせてもらったほうが、絶対に「苦労」する。若いうちは絶対に苦労した方がいい。そう思ってのことです。 もう一つの理由は(それは月曜日に)・・・・。
| 固定リンク | コメント (0) | トラックバック (0)
銀座十石 銀座本店 閉店いたします。
実は、あの場所にビルが建つことになりました。
ビルがたったあとには、大家さんのお店が入ることになり
完全立ち退きなのです。。
銀座十石でありながら、銀座からなくなってしまう。
銀座の他の物件も当たってみたのですが、銀座は今バブルでとても
一おむすび屋が出店できる状態ではないのです。
本店がなくなる、というのは、とても衝撃的なことでした。
しかし、27歳で銀座十石をはじめて、今34歳。この期間、大変きつい時期もありました。
その結果、振り返ってみると、良い悪いは表裏一体であると確信しています。
立ち退きを言い渡された時、動揺はありませんでした。
こんな衝撃的なことに隠されている意味ってなんだろう?
と、落ち着いていました。
しかし、経営的に、何らかの形で銀座に残さなければならない。
そう思っていました。
数日後、たまたま、松屋銀座の社員の方が十石の前を歩いていました。
この方は、私どもを松屋銀座の催事に最初にお誘いいただいたかたです。
本店店長が、その方をつかまえて事情を説明しました。
すると、話はすぐに食品担当へ伝わり、出店が決まったのです。
3月末に閉店しますが、4月18日は松屋銀座で営業できるの
です。松屋銀座で20年ぶりに惣菜エリアの大きな改装があり、おむすび屋を探していた
そうです。百貨店の松屋は、銀座と浅草にしかありません。ですから、「銀座」であることを
とても大事にしています。都内のおむすび屋を回りましたが、「銀座」にふさわしいおむす
び屋がなかったというのだそうです。「銀座のおむすびは、銀座十石で。そして、銀座十石
松屋銀座店ではなく、銀座十石 銀座本店 として出店してください」とおしゃっていただき
ました。銀座からなくなってしまうところを、拾っていただいただけでなく、このような言葉を
かけていただき、感謝で涙がでそうになりました。
この出店をきっかけ、また、銀座十石の取り組みが大きく変わります。
人生というものは、本当におもしろい。
私が、とてもきつい時期に、助けられた考えがあります。
世の中は、対(つい)になっている。男がいれば女がいて、光があれば闇がある。
世の中、宇宙というものは、バランスをとっていなくては成立しない。
と、いうことは、問題が生ずれば、答えも一緒にでているはず。
悪いことがあれば、それと同じエネルギー量の良いことも同時に存在しているということ。
まさに、今回の出来事がそうでした。
こんな考えが身についていたから、全然あわてずに、すべてを受け入れられました。
この機会に、創業時のお話を。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
今年、小学生になる息子がいます。
彼は、足が遅いのです。幼稚園年中のとき、運動会でビリになったとき
とても寂しそうにしていました。こういうのは、見ててともてつらいですね。
年長のときは、自分の足の遅さを自覚したようで、
やはりビリでしたが、全然平気なようすでした。1年たつと強くなるもんだなあ、
と見てて感じました。彼はピアノが得意で、運動よりも、文化系の人間なのですが
でも、やはり足が速いのはかっこいい。若いうちは、モテる。
わたしはサッカーで新潟代表でしたから、モテました(笑。
運動をしっかりやってきたので、息子がなぜ足が遅いのか、すぐ分かります。
それは、走り方。身体の動かし方が悪い。
でも、教えることができない。
良い本を見つけました。それは、「2時間で足が速くなる」。
こんな本があるんですねー。
この話をすると、パパ仲間が、「俺にも貸してくれよー」となるのです。
みんな思っていることは同じなんですね。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
ついに、銀座十石の理念、行動指針をまとめた
銀座十石小僧読本が完成しました!!
会社のミッション、
私がなぜ、この十石をはじめたのか
店舗運営の考え方
などなどを
まとめています。
そこらの、マニュアルとは違うのです。
これを読んだスタッフは、「運が良くなる」ように
書いてあります。十石で働けば、働くほど、スタッフの人生が好転する
ように出来ています。
この小僧読本の内容を、うちの番頭たちに度々伝えていました。
ある日の出来事です。
百貨店を担当している番頭が、私のところにきて、こういったのです。
「○○百貨店の休憩室で、知り合いの店長が、なんだかいつもより
さびしそうな顔をしていたんです。声をかけて、話を聞いてみると
なんだか、大きな問題を抱えているようだったのです。
彼女(その店長のこと)に、小僧読本に書かれているモノの考え方を伝えたら、
ホッとしたようで、泣き出したんです。」
他店の店長さえも泣かす、銀座十石小僧読本。
いかがでしょうか? この威力。
読みたいですか?
残念ながら、銀座十石のスタッフしか読めないのです。
これは、銀座十石で私を助けてくれる人のための
私からのプレゼントなのです。
私が「社長、社長」といわれているのも、
みんなが現場で支えてくれているからです。
縁あって私のもとに集ってくれた方々へ
お金でも、心の面で豊かになってもらいたいと思っています。
その、モノの考え方をまとめました。
まさか、他店の店長が泣くとは思いませんでしたが。
いいものができました。この作成に協力してくれた、永野さん、ありがとう。
キミだけは、十石のスタッフでなくとも、「役得」ということで、読めてよかったね。
これから、さらにバージョンアップ、および、誤字脱字の訂正もよろしくお願いいたいますね。
| 固定リンク | コメント (4) | トラックバック (0)
今年、30歳になる銀座十石の男性のマネージャーが
本店であま酒を飲みつづけていました。
最近、本店に行く機会がなかったため
あま酒が飲めなかったのです。
すると
「社長! 飲むのをやめたら、スネの部分に
粉がふいてきました!
飲んでいるときは、こんなことなかったのですが。
やっぱり、飲んでいると肌の感じが違います!」
私「男のお前の肌に、粉が吹こうがふかまいが、
そんなのどうでもいいじゃんないの」
「・・・」
と、いうわけで、やはり肌にはいいようです。
あま酒、恐るべし。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
会社名を変えようと思います。
スタッフは、「社長、ご乱心ですか!!」とのこと。
銀座十石は屋号。
会社名は、ワキョウ・インターナショナル。
おむすび屋なのに、何なの この会社名?
と感じるかもしれません。
おむすび屋では終わらないぞ! という若い日の
熱い思いがこもった名前。
ワキョウとは、和僑のこと。
世界で活躍する中国系商人などの総称を華僑というなら、
日本人なら日僑か和僑。音の響きがいいほうを選んで
ワキョウとなりました。
しかし、今の銀座十石と今後の会社の展開を考えたとき
カタカナに違和感を覚えてきました。
前から感じていたことですが、会社名を変えたい、という思いが
ここにきて明確になりました。
昨年一年で、銀座十石は大きくかわりました。
このブログを通じて、いろいろないたずら?(実験)もしてきました。
方向性も統一されてきて、そろそろこのブログの役目も
終わりに近づいたように思います。
いろいろなものが、ここにきて、変わってきています。
会社名、きまっています。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)
最近のコメント